人権擁護法案①

メシツキさんが一般掲示板でも書いて居られるとおり、私はこれまで人権擁護法案という物に対して静観を保ってきました。
しかし無責任とまで言われると、色んな物に噛みついている私の立場上、無視も出来ません。
そこで、現時点で私がどう考えているかを此方に書く事にしました。


さて、人権擁護法案と聞くと、我々の人権を守ってくれるような、大変耳障りの良い法案ですね。
数年前に一度廃案になっていますし、その時にはニュースでも騒がれたのと、ネットの世界ではそれなりに騒がれているので聞いた事がある人も多いでしょう。

しかし今回は何故かマスコミはあまり騒ごうとしないこの法案でもあります。
人によっては圧力が掛かっているからだと言う人も居ますし、人権擁護運動をしている団体が五月蠅いから、ギリギリまで取り上げないようにしているという人や、騒ぐ程の物でも無いという意見の人も居ます。又は、国会で本格的な審議が始まっていないから、取り上げようもないと言う人も居ますが、この法案が成立し、本格的に施行され機能し始めれば、多くの国民の生活に少なからず影響が出る可能性が高く、当のマスコミ自身も影響を受ける話でもあるのですから、大きく取り上げないのは確かに不思議な感が有ります。

そんな感じで、何やら怪しげな雰囲気を持ち合わせるこの法案ですが、この人権擁護法案の何が問題なのか?
それには先ず、この法案がどんな物かをある程度正確に知る必要があるでしょう。
http://www.moj.go.jp/HOUAN/JINKENYOUGO/refer02.html
これが全貌なのですが、今一要領を得ません。相変わらず分かりにくい書き方で、こんな物を読まされても殆どの国民が全貌を知る前に、理解を放棄してしまうでしょう。
ですから分りやすく説明されている
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken83.html
此方を読むのが良いかと思われます。
まあ、もっと簡単に書くと、人権用語法が施行されると人権委員会が「これは差別だ!」と認めたものに罰則を課すことが出来るようになる法律と言う事です。ちょっと簡単すぎますね(笑
具体的には法務省の外局として扱わる人権委員会が5名、人権擁護委員2万人によって運営される組織が、各都道府県に支部を構えて、通報があったり、怪しければ調査をし、そこに差別があると判断される行為が存在したら罰則を加えるという事です。


そして人権委員会は、人権侵害と人権侵害を誘発・助長する恐れのある発言や出版などに対して警察並みの調査権限を持っています。
つまり、人権侵害などが疑われた場合、関係者に出頭を求めたり、証拠品の提出、立ち入り検査を行うなどの措置が取れると言う事です。
そして当然、委員会は活動に対して非協力的な者に対し、罰則を課すことが出来る権限を持っています。 その中には氏名等を含む個人名の公表と言う罰則もあり、これが行われれば差別主義者として世間から見られる可能性があり、社会的精査意見も持っていると言えます。
しかし、どんな調査機関も間違いを犯す事はあり、当然冤罪の場合もあるのですが、人権委員会がマスコミ等を通じて謝罪をする事は基本的に無いようです。


では、どんな点が問題なのでしょうか?
差別は、今や日本国民の多くが問題だと認識している「悪」の行為であり、そうした問題を解決するのは良いじゃないか?という気もする人も居るでしょう。

では、問題とされる物を一つ一つ取り上げていこうと思います。

先ず最初に問題とされるのが、この委員を誰が選ぶのかがハッキリして居らず、今の所委員には被差別者、障害者などが優先して選ばれることになっているそうなのですが、そんな明確な資格も、専門教育も受けていないポット出の委員がいきなり警察とほぼ同等の権力を行使する立場になるという点にあります。

現在調査権を行使出来る機関は警察、公安、海上保安庁国税局査察部等が存在します。しかしこれらの機関構成員は公務員としての試験を受け、厳正なる審査の元に選ばれ、訓練、教育をミッチリ受けた人々です。
先にも書いたように法務省の管轄ですから、先ずは5人の人権委員を法務省が選ぶのでしょうが、試験も何も受けていない人々が、どういった基準かも明確でないまま選ばれて、2万人にも及ぶ擁護委員に至っては、素性もちゃんと公表されないまま任命される事になります。
そんな人々に、警察と同等の資格を与える訳です。

次に大きな問題なのが、組織としてのシステムに問題があります。
今の所擁護委員が訴えや、調査の段階で浮かび上がった差別の可能性がある問題を、人権委員に報告し対応に当たる事になっていますが、2万人の報告がたった5人に集中する事になります。
しかも、この人権委員は常駐が2名という場合もあります。
そんな状況で、ちゃんとした裁可を下す事が出来るか?まあ、考えるまでもないでしょう。
つまり、表面的には人権委員が報告を受けて、それを吟味して裁決を下す事になっていると言っても、あくまで形だけで殆ど素通り、2万人の擁護委員の判断がそのまま適用される事は間違い有りません。

そして、最後にして最大の問題点が、何を持って「差別」とするかの基準が実に曖昧だという事です。
そもそも世界中の国で、差別禁止を謳う憲法を採用している国は幾らでもありますが、あくまで基礎概念だけで、道路交通法のような詳細に差別禁止のガイドラインを決めた差別禁止法の様な物を採用している国はありません。何故なのでしょうか?殆どの国で差別は問題のある行為だとされているのに、概念だけで厳しく取り締まる法律がないのは不思議な気もしますよね?

しかし、その理由は至極簡単。人類が未だに差別という行為を明確に定義出来ていないからです。


一番分りやすい例を挙げましょう。


我々の日常会話の中に「暴走族」という言葉があります。
これは、見方によっては差別用語と言えます。報道でも自由に使われていますが、特定の集団を指し示す言葉として使われ、圧倒的大多数の人々がその集団を快く思っていない訳だし、侮蔑する意味を込めて使っている以上、差別的表現と言えます。
彼等の場合、当の本人達も暴走族だと認めていますし、犯罪者である事を何とも思わない反社会的集団であるし、ワザワザそうなる事を望んでその集団に所属している者ばかりなので何の問題にもなっていないに過ぎません。
しかし、仮にこれが差別的な表現に当たるとした場合、じゃあどう表現すればいいのか?

暴○族
○走族
○○族
ピー族
ちょっと前に流行らそうとして失敗した、珍走
騒音族
暴走集団
爆走集団
五月蠅い集団
反社会的交通阻害及び意図的騒音配布集団
口にする事も許されない者達(笑

まあ、これらのように言い換える事は幾らでも可能ですし、そのパターンは人類がインスピレーションと言語を持つ限り無限に増やす事が出来ます。
しかし、集団が集団を指し示し表現する時、そこに一欠片でも悪意があるか、もしくは指し示された集団の一人でも不快に感じるので有ればどんな呼び方をしてもそれは差別になってしまうと言う事です。


つまり、こんな事を明確なルールとして形にして取り締まるなど実質的に不可能だと言う事です。


差別を本気で無くすには人類を一人だけ残して全滅させるしか方法は有りません(苦笑
では、この委員達はどうした基準でこの問題に当たるのか?
その答えは、事実を委員達が調査して、委員達の基準で「コレは差別なんじゃないの?」って思ったらそれが「差別」と言うことになるわけです。



そんなファジーな判断で、拘束され、罰則を与えられる社会が実現しようとしている訳です。



そうなれば正統な批判、陳情、日常的な軽口、世間話も差別として取られる可能性があり、表現の自由、発言の自由を束縛する可能性が高く、恐怖政治のような社会になる可能性があります。
これは想像するだけでも恐ろしい社会じゃないでしょうか?
こんな禁酒法よりも恐ろしい、愚作、愚法を許しても良いのでしょうか?

いいや!!良い訳がない、絶対何が何でも反対すべきだ!!
















・・・・・・・・・と言うのが反対派の人達の意見です。
でもね・・・・・・・・・・・確かにこの法案は感心出来る法案じゃない面もあるんですけど、だからって反対すべきなのかな・・・・・・・・・・・・・・・?


と言う事で、長くなるので私の本当の意見はまた明日と言う事で(笑