テロに関する考察その5

ヨーロッパの各国は自国の利益と領土拡大を目論んで、世界中に植民地を持つ様になった訳なんだけど、この中東も殆どの国が植民地になっていた訳だ。
第一次世界大戦が行われた時代、中東の殆どのエリアはオスマン朝(トルコ)の支配下にあった訳なんだけど、このオスマン朝の支配の仕方は中国と似ていて、支配下の土地に無数に存在する集落部族の長にトルコ帝国に対して忠誠さへ誓わせてしまえば、後はそれぞれの統治に任せるという大らかな物でだった。(だからこそ、現在でも土地の有力者の発言力が強い)
しかし第一次世界大戦オスマン朝は枢軸国に加盟して戦い、破れてしまう。
その戦後賠償として中東エリアの多くをヨーロッパが植民地として分割統治する事になった訳だ。(それ以前から植民地だった所もあるけど・・・・)その支配は一般的に言割れている程、酷い物でもなかったんだけど、元々支配する側のヨーロッパ側に、植民地に住むアラブの人々を対等に扱うつもりがまるで無い訳だから「不満」は溜まっていく(植民地時代よりも確実に労働時間自体は増える訳だが、収入は減るんだから当然の話)ましてや不平を唱えたり、反乱など具体的な行動を起こせば、強大な軍事力で弾圧されたのは当然の事。
そこで植民地支配をスムーズに行う為にそれぞれの支配地域の中で力のあった部族の長を「王」として傀儡政権を作り仮初めの独立国にしていった訳だ。
これで植民地に住む人の中に生まれた反感はその国の「王」に向けられるという誠に小狡いやり方何だけど、効果的だったんだな。
まあ、他の植民地と違ったのは、宗教をキリスト教に回収させなかった点かな。と言うか出来なかったんだけどね、あまりにも深く多くの人がイスラム教徒となっていたので、王もイスラム教を止める事が出来ないし、宗教弾圧なぞしよう物ならたちまち全滅覚悟の反乱が起こるのは目に見えていた。これでは儲けが出ないので放置という事になった訳だ。
しかし宗教弾圧こそ無いにしても、西洋文化の流れ込むのは止めようもなく、少しずつ西洋化していく事になったんだけど、白人に言いなりの王に対する不満と、浸食されていくイスラムの教えを見て、人々の中に「このままで良いのか?」という考えが出てきた訳だ。
その始まりは、エジプト。「アフガーニー」がイスラーム復興の思想を説いて、それがエジプトの民族主義運動に結びついていった。
それと「ワッハーブ派」がオスマン朝のもとで、すでに荒廃し始めていたイスラーム教の刷新を行い、最終的にはサウド家と結びついてサウジアラビア王国を建国していった。
こうした流れで、イスラム各国の人々は西欧の支配に組み込まれながらも、それに対抗する民族の「自我」としてイスラム教を見直すという思想が広がっていき、これがイスラーム原理主義の起源とも言えるな流れとなる訳だ。

第二次世界大戦終了後、これらの植民地を支配していたヨーロッパ各国は勝ちこそした物の、国力は疲弊してしまい、植民地を支配する能力すら失ってしまった。
タガが緩み始めた訳なんだけど、このチャンスを物にして独立しようという気運が当然高まって来る事になる。
しかし独立してその後どうするのかという事に関して、大きく分けて二つの考えが出てきた。
一つはイスラム原理主義の源流ともいる考え、そしてもう一つはその考えと逆の考えが出てきた。
つまり脱イスラムとも言える考えで、西欧近代主義を積極的に取り入れ、自国を西欧と並ぶ国家に成長させ、その力で西欧からの独立を達成するという考えで、トルコの「ムスタファ=ケマル」の革命に代表されるものだ。つまり、独立しても西欧が力を取り戻した時、また貧乏な昔のイスラム状態では再占領されてしまうと考えた訳だ。そうして西洋化を積極的に(イスラムの教えはそれでもギリギリ守りつつ)取り入れ、富国強兵に走るという流れで西側諸国と関係を密にしていった訳だ。
そしてイスラム原理主義の源流とも言える考えの方は「そもそもイスラムの教えの前にはすべてのイスラム教徒は平等である」と言う共産主義的な考えから、共産・社会主義国との関係を密接にしていき、アルジェリア民族解放戦線やエジプトのナセル政権、さらにはパレスチナ解放運動へと繋がっていきました。
リビアカダフィ政権、アラブ復興社会主義をかかげるシリアや旧イラクの政権も、正確には少し違うけどこの流れに属するものだと言える。
こうした革命や改革で、傀儡だった王朝を打倒して、多くの国が独立を成し遂げる事が出来た訳なんだけど、植民地下での王朝設立から独立までの長い長〜〜〜い間、人々は白人社会から何度も何度も数え切れないぐらい耳障りの良い「嘘」に騙され続けてきた。だからこそ、もう白人は絶対に信用出来ないと思っていたんだけど・・・・
冷戦時代の中で西欧主義を取り入れた方は西側諸国に、イスラムの教えに従った国々は共産圏に取り込まれていき、肝心要の原理主義その物はその力を失い、完全に民族主義にとって代わられていしまったんだな。


つまり、アラブの民衆はまた騙された訳だ・・・・アメリカ・ソ連、そして同胞のはずの指導者達に。


ーその6に続くー