戦車不要論①

久しぶりに真面目な話し。

ミリタリー系の掲示板や、ちょっとミリタリーに興味がある人と話をしていると良く出てくるのが「戦車不要論」もしくは「戦車って本当に必要なの?」という物なんですよ。

まあ、これは例えて言うなら麻疹みたいな物で、私もやはり過去に一時こういう考えに捕らわれたことがあります(笑

まったくミリタリーに興味が無いという人にしてみれば、巨大で分厚い装甲に囲まれ、強力な大砲が着いている戦車は、力強く恐ろしい兵器という以上の認識もなく、映画などに偶に出てくる演出のせいで、恐ろしい化け物のように考えている程度でしょう。

しかし、ミリタリーの知識を少しかじると、この戦車という兵器は、確かに強力なんだけど、思ったよりも大したことがないという認識になってきてしま時があるんですよ。

その原因は、条件が揃えば1人の女の子でも戦車は簡単に撃破できてしまうと言うことが見えてくるからです。

別に最近だけの話しじゃなく、戦車という兵器は、その登場と同時に対抗する国では「対戦車兵器」を開発し始め、その他の兵器と同じく兵器の世界のシーソーゲームに巻き込まれ、常に撃破される危険の中で進化を続けてきたんですよ。

当然対戦車兵器も進化を続け、最近ではハイテク化も進み、戦車は破壊される危険性が増しているとも言えます。

それに戦車はその性格上、内部の兵士を守るために厚い装甲に囲まれているので、視界が非常に悪い乗り物でもあります。

ですから、三次元的に脅威が存在する市街戦などは、その巨体や長い砲身のせいもあって非常に苦手な戦場なんですよ。イラクでの戦争で、味方の誤射意外に敵の砲弾で一台たりとも撃破される事が無く、完全なワンサイドゲームを成し遂げたアメリカ軍戦車が、現在も続くイラクでの治安維持活動中にテロリストに何台も撃破されていることでもその事が分ります。

この世に無敵の兵器という物など存在しないと言う事ですね。

つまり、戦車はその登場から現在に至るまで常に歩兵や、その他のサポート無しにその実力を100%発揮する事が出来ない兵器なんですよ。
だから視界の聞かない森林地帯や、市街地、山岳地帯などでは、十分な対戦車兵器を装備して、使いこなす事が出来たら少女1人でも撃破する事は可能という事が言えるのです。

さらに、最近では対戦車ヘリや装輪装甲車の発達が、更に戦車不要論を助長させる事になります。